2024年初頭に創業されたAI音声スタートアップ「Toma」は、当初は金融や医療業界をターゲットにしていた。しかし、予想外の業界――中古車販売店――からの声が、彼らの戦略を大きく転換させることになる。電話対応に苦しむディーラーの“悲鳴”をきっかけに、TomaのAIエージェントは全米の販売現場に急速に広がり、a16zなどからの大型資金調達にもつながった。本記事では、Tomaがどのように市場ニーズを掘り起こし、製品を磨き込み、スタートアップとしての飛躍を実現したのかを解説する。
1. 声から始まった市場転換のきっかけ
1-1. ディーラーからの「助けて」コール
Toma創業者のMonik PamechaとAnthony KrivonosがAI音声エージェントの開発を始めた当初、注目していたのは規制の厳しい銀行や医療分野だった。だがある日、アメリカ南部の中古車ディーラーから「電話対応が追いつかない」との連絡を受ける。
「彼らから突然電話が来て、『もう電話が多すぎてパンク寸前なんだ』と。」
この一言が、彼らを“より緩い規制環境”である自動車販売市場に向かわせる契機となった。
1-2. 驚きのテスト結果とディーラー行脚
彼らはすぐさま仮説検証に乗り出し、全米のディーラーにAI音声で何度も架電。わかったのは、電話が取られる確率はたった45%という事実だった。PamechaとKrivonosは直ちに現地へ向かい、オクラホマ州やミシシッピ州の複数のディーラーを回って現場理解を深めることに。
彼らは実際に作業現場を見学し、バーベキューや家庭料理に招かれ、時には射撃場まで同行。「AI企業の創業者がここまでやるのか」と思わせるほどの没入ぶりだった。
2. 現場密着から生まれたプロダクトの磨き込み
2-1. 「ディーラー仕様」のAI音声エージェント
この旅の経験は、TomaのAIエージェントの精度向上に直結する。現在、Tomaのエージェントは全米100店舗以上で導入され、以下のような用途に活用されている。
- 整備予約の受付
- 部品注文対応
- 販売に関する問い合わせ対応 など
2-2. 顧客に合わせた「適応型学習」
Tomaのオンボーディングプロセスはユニークだ。最初の1~2週間は、各ディーラーの通話履歴をAIに学習させ、その店舗特有のニーズ(例:ディーゼル車の比率、独自キャンペーン)に適応させる。初期学習後も、AIが対応できなかった通話は人間に引き継がれ、その記録をもとに再学習を行うことで継続的な精度改善が図られる。
3. 資金調達とビジネスモデルの確立
3-1. a16zらの支援と評価
Tomaは、Y Combinatorを卒業後、Andreessen Horowitz(a16z)から1700万ドルを調達。主導したSeema Amble氏は次のように述べている。
「彼らはディーラーの家に泊まり、家族のバーベキューに参加し、まるで現地に住んでいるかのようだった。」
この「顧客と共に生きる」姿勢が、a16zが注目するバーティカルAIの理想像に重なったのだという。
3-2. スケーラブルなサブスクリプションモデル
Tomaのビジネスモデルはサブスクリプション方式。AIがカバーできる業務領域が広がるごとに追加料金が発生する設計となっている。これは、AIの提供価値が拡大するたびに自然と売上が伸びていく“スケーラブルな収益構造”を実現している。
4. スタートアップ成功の鍵は「顧客と痛みを共有すること」
創業者のPamechaは、今回のディーラー行脚についてこう振り返る。
「彼らの“痛み”を感じられたからこそ、信頼関係が築けた。」
テクノロジーがいかに優れていても、現場の信頼がなければ使ってもらえない。Tomaはまさにその教訓を体現するスタートアップとなった。今後、より多くの業界において「現場起点のAI展開」が求められる中、Tomaのアプローチは1つの成功モデルとなりうるだろう。