電力網の心臓部とも言える存在——トランスフォーマー(変圧器)。その基本構造は、じつに100年以上変わっていない。しかし今、その常識を覆そうとするスタートアップが登場した。Teslaの元幹部、ドリュー・バグリーノ氏が設立したHeron Powerは、電力インフラの“見えない要”であるトランスフォーマーに、ソリッドステート(固体素子)技術を用いた変革を持ち込もうとしている。
2025年5月、Heron Powerは、シリーズAラウンドで3,800万ドルの資金調達を発表。この資金をもとに、次世代電力インフラの実現に向けた開発が加速する。本稿では、Heron Powerの技術的な革新性と戦略的ビジョン、そしてこの分野における市場的意義を多角的に分析する。
1. Heron Powerとは何者か?— Tesla幹部が描く「見えない革命」
Heron Powerは、Teslaの元SVP(シニアバイスプレジデント)であるドリュー・バグリーノ氏が2023年に設立したスタートアップだ。同氏はTeslaにおいてバッテリー、パワートレイン、エネルギー製品の開発を率いており、長年にわたりエネルギー分野での最前線に立ってきた。
Heronが注力するのは「ソリッドステートトランスフォーマー(SST)」と呼ばれる次世代変圧器の開発である。このSSTは、従来のアナログ変圧器に比べて以下の点で優れている:
- 小型・軽量化
- リアルタイム制御が可能
- 双方向電力制御(V2Gや分散電源対応)
- デジタル化による高精度制御
つまり、単なる置き換えではなく、「電力網のOSを入れ替える」ような根本的な再構築を狙っているのだ。
2. なぜ今、トランスフォーマーが注目されるのか?
2-1. 老朽化したインフラという“静かな危機”
アメリカの送配電インフラの多くは、1950〜70年代に整備されたままであり、寿命を迎えている変圧器も少なくない。事故や停電のリスクは年々高まっており、「インフラ更新」が喫緊の課題となっている。
2-2. 再エネとEV時代の新要請
加えて、再生可能エネルギーの大量導入や電気自動車(EV)の普及により、電力の流れが一方向から双方向へと変化している。太陽光や家庭用蓄電池からの“逆潮流”や、電力ピークの可視化・調整の必要性が増すなかで、従来型の変圧器では対応が難しくなっている。
Heron Powerが開発するソリッドステート型の変圧器は、こうした双方向・高精度・分散型のニーズに合致しており、次世代電力インフラの中核技術として注目されている。
3. 技術と市場のクロスポイント:Heronの戦略的フォーカス
Heron Powerは特に中電圧(Medium Voltage)領域にフォーカスしている。これは以下のような場所で使われる電圧帯である:
- 郊外のサブステーション
- 都市部や住宅街の緑色の金属ボックス型変圧器
- 大型データセンター内の変電設備
この中電圧帯は、既存のアナログ変圧器が数多く稼働している一方で、更新コストや設置制限の高い“摩耗ゾーン”である。ここにSSTを導入することで、小型化・遠隔制御・寿命延長・双方向制御など、複数の課題を一挙に解決できる。
4. 注目の投資家陣:再エネ・AI・電力グリッドの交点
Heron PowerのシリーズAラウンドには、以下の著名投資家・VCが参加している:
- Capricorn Investment Group(リード)
- Breakthrough Energy Ventures(ビル・ゲイツ主導の気候ファンド)
- Energy Impact Partners
- Gigascale Capital
- Valor Equity Partners
- Powerhouse Ventures
- Tesla共同創業者のJBストローベル
- Tesla元CFOのザック・カークホーン
この顔ぶれからも、Heron Powerが単なる“配電設備”ではなく、グリッド×再エネ×次世代AI制御の統合プラットフォームとして期待されていることが読み取れる。
特に、Breakthrough EnergyやEnergy Impact Partnersといった気候変動テック投資家が関与している点は、「Heron=クリーンテックのインフラ基盤」としての評価があることを示唆している。
5. 2027年を起点とする社会実装フェーズ
Heron Powerは、2027年に初期インストールを予定していると発表している。対象となるのは、大手のエネルギー事業者やデータセンター開発企業。これはHeronにとって2つの意味を持つ:
- インフラ側(ユーティリティ)とテック側(データセンター)両方からの導入が見込まれる
- 初期導入での実証が成功すれば、スケールメリットによる大量展開が可能
現在はB2B市場への戦略的アプローチだが、将来的には分散型グリッド社会の要として住宅街レベルへの展開も視野に入るだろう。
6. 今後の注目ポイントと課題
6-1. 技術の信頼性とスケーラビリティ
SST技術自体は理論的には完成しているが、長期稼働・過酷環境での耐久性という点ではまだ実証が不足している。これは実証試験と市場フィードバックを通じて乗り越えていく必要がある。
6-2. 認証・規制への対応
電力インフラ製品は、厳格な規格と安全性認証が必要となる。州や国ごとの電力規制への対応もHeronにとっての大きなチャレンジだ。
Heron Powerは、目立たないが不可欠な電力インフラに革新をもたらそうとしている。「見えない革命」は、大規模データセンターから住宅街まで、私たちの暮らしを静かに変えていくだろう。ドリュー・バグリーノ氏がTeslaで培った経験と、Heronに集結した世界的な資金と知見が交差するこのプロジェクトが、インフラ・クリーンテック・AIの融合モデルとして今後のテンバガー候補となる可能性は高い。