宇宙空間で高機能なチップ素材を製造 Space Forge、シリーズAで3,000万ドル資金調達

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スタートアップ資金調達半導体

近年、AI、電気自動車、量子コンピューティングといった先端分野の急成長に伴い、半導体の需要はかつてないほどに高まっている。しかし、現行の主流素材であるシリコンには限界があり、これを超えるためには新たな“超材料”が求められている。こうした中、注目を集めているのが、宇宙空間での製造という革新的なアプローチだ。

英国ウェールズのスタートアップ、Space Forgeは、宇宙空間で高機能なチップ素材を製造し、エネルギー効率や性能の大幅な向上を狙っている。同社はこのたび、シリーズAラウンドで3,000万ドル(約22.6百万ポンド)を調達し、本格的な商用化に向けて動き出した。

本記事では、Space Forgeのビジョンと技術、そしてこの取り組みがもたらす地政学的・環境的インパクトまでを、わかりやすく解説する。

1. 半導体製造の新境地:なぜ「宇宙」なのか?

1-1. 地球上での限界と宇宙空間の利点

地上で製造されるチップは、重力、温度変動、微小な振動などの影響により、材料内部に欠陥が生じやすい。これが性能低下やエネルギー効率の悪化につながる。

一方、宇宙空間は無重力かつ高真空という独自の環境を持ち、そこで育成された結晶は欠陥が極めて少ない。Space ForgeのCEO、ジョシュア・ウェスタン氏は語る。

「我々は、50年にわたる研究の上に立っている。宇宙で材料を製造すれば、明らかに性能が向上することは、すでに科学的に証明されている」

このような環境で育まれた超高純度の結晶は、量子コンピュータや防衛システムなど、極限の性能が求められる分野に最適だ。

2. 商用応用と顧客基盤:BTやNATOも支援

2-1. 5Gへの応用事例

Space Forgeは、実用化に向けたプロジェクトとして、英国の通信大手BT(旧ブリティッシュ・テレコム)と連携。宇宙で育成された結晶材料を用いて、5G基地局の消費電力を低減する技術検証を行っている。

「宇宙で成長した結晶は、欠陥が少なく、電力効率に優れる。これが5Gインフラの省エネ化につながるのです」(ウェスタン氏)

2-2. 安全保障と防衛需要

Space ForgeのシリーズAラウンドを主導したのは、NATOイノベーションファンド。また、米国の防衛大手ノースロップ・グラマンもパートナー企業として名を連ねている。宇宙製造によって得られる高性能材料は、センサー、通信、制御装置など、防衛分野における高度利用が見込まれている。

3. 宇宙→地球への帰還技術:メアリー・ポピンズ型着地とは?

3-1. 「傘」で帰還する宇宙カプセル

宇宙空間で製造された材料を地球に持ち帰るには、高い耐熱性と着地精度を備えた再突入システムが不可欠だ。Space Forgeは従来のアポロ型カプセルに代わり、「メアリー・ポピンズのような傘」で帰還する独自の機構を開発した。

「我々は、傘のような形状をしたスペースグレードの構造体を展開し、地表へとゆっくり戻ってくる」(ウェスタン氏)

この技術の中核には、「Pridwen(プリドウェン)」という耐熱シールドと、「Fielder(フィールダー)」という着水用の回収ネットがある。両技術は、英国宇宙庁およびESA(欧州宇宙機関)の支援を受けて開発された。

3-2. 欧州帰還インフラ構築へ

Space Forgeは、宇宙で製造した材料を効率的に地上へ戻すための欧州帰還インフラの整備も進めており、ポルトガルのアゾレス諸島・サンタマリア島に新オフィスを開設した。ここは衛星帰還に最適な地理条件を持つとされており、欧州全体でのスケール展開を狙っている。

4. 宇宙製造産業の構造とコスト課題

4-1. 「すでに解決された」技術の再組み立て

Space Forgeはロケットの打ち上げそのものには関与せず、既存のロケット事業者と提携する。同社にとって、打ち上げは「解決済みの問題」であり、注力すべきは素材の宇宙製造と再突入にある。

しかし、CEOウェスタン氏は、Space Forgeの参入障壁の高さについて問われるとこう答える。

「どれだけ“クソ大変か”想像してみてください(How bloody hard is it to do?)」

実際には、極限環境での工学的対応、帰還精度、熱処理、安全性、輸送コストなど、複合的な課題を乗り越える必要がある。成功すれば、技術的な“堀(moat)”は非常に深い。

4-2. プレミアム市場からのスケール戦略

宇宙製造のコストは依然として高い。そのため、量子デバイスや防衛機器など高付加価値市場からの収益化を先行させ、徐々にコストを引き下げる戦略が想定されている。

将来的には、医薬品開発や通信機器などへの応用も視野に入れており、業界全体として宇宙製造技術のコモディティ化が進むことで、価格競争力が生まれる可能性がある。

5. 地政学と気候変動:スペース産業の新たなフロンティア

5-1. 台湾リスクと欧州の自立

欧州では、半導体供給を台湾に依存することへの懸念が高まっており、「地産地消型のチップ供給網」が求められている。Space Forgeは、この課題に対する一つの解として、宇宙空間を活用した地球外製造による供給多様化を提示している。

5-2. カーボン・ネガティブ技術としての可能性

Space Forgeには、気候テックVCのWorld Fundも出資しており、同社の技術を「カーボン・ネガティブ技術」として評価している。地球上での高エネルギー製造を宇宙に移すことで、温室効果ガスの排出削減が期待されている。

ただし、現段階ではこの環境効果は理論段階にあり、商用採用によるスケール拡大がなければ本質的なカーボン削減にはつながらない。

6. そして始まる「The Forge Awakens」計画

Space Forgeは、2023年にVirgin Orbitのロケットトラブルにより初号機(ForgeStar-0)を失うという苦い経験をした。しかし、それでも歩みを止めず、2024年には次世代機ForgeStar-1の打ち上げを予定している。

このミッションには「The Forge Awakens(フォージ・アウェイクンズ)」という名称が与えられ、宇宙製造の実現に向けた目覚めを象徴するものとなっている。

結論:チップ素材の未来は、宇宙からやってくるか

Space Forgeの取り組みは、SFのように思えるかもしれない。しかし、既存技術の組み合わせと新たな再突入技術、そして宇宙環境の活用という視点から見れば、極めて現実的な商業モデルだ。

今後、技術検証・スケール化・コスト低減が進めば、「宇宙は製造業の新しいフロンティア」となる未来が現実味を帯びてくるだろう。

「物理法則が答えを持っている。そして工学こそが、それを実現する方法だ」

— ジョシュア・ウェスタン(Space Forge CEO)