会計部門において、「総勘定元帳(General Ledger)」は、あらゆる取引情報を集約し、財務諸表を正確に作成するための中核インフラである。その重要性は、「企業の心臓部」とも言える存在だ。にもかかわらず、この分野は長らく革新が停滞してきた。だが今、その閉塞を破ろうとしているのが、創業3年のスタートアップRillet(リレット)である。
本記事では、Sequoia Capitalがリードした2,500万ドルの資金調達を起点に、Rilletが何を革新しようとしているのか、そしてそのインパクトがなぜ大きいのかを紐解いていく。
1. 総勘定元帳――企業会計の「心臓部」
1-1. なぜ総勘定元帳は変わらなかったのか?
Sequoia Capitalのパートナーであるジュリアン・ベック氏はこう語る。
「総勘定元帳はファイナンス機能の鼓動そのもの。これを入れ替えるのは“開胸手術”のようなものだ。」
従来、ベンチャーキャピタルがこの領域に投資するのは困難だった。理由は明快である。企業は、リスクを伴う基幹システムの変更に消極的であり、新たに会計ソフトを一から構築するのも技術的に難易度が高い。だが、Rilletはその常識を覆し始めている。
2. Rilletのソリューション:AIで元帳を自動化
2-1. システム連携と自動化
Rilletの特長は、Salesforce、Stripe、Ramp、Brex、Ripplingなどの外部プラットフォームからデータを直接取得し、損益計算書や貸借対照表を自動で生成できる点にある。創業者のニコラス・コップ氏(元N26米国CEO)によると、かつて数週間かかっていた決算処理が、数時間で完了するようになったという。
「中堅企業の会計・財務チームが月次・四半期決算を数時間で終えられる。それが私たちのAIによる価値です。」(コップ氏)
3. 急成長の軌跡と顧客獲得
3-1. 売上5倍・200社導入の勢い
Rilletはプロダクトローンチからわずか1年で売上を5倍に伸ばし、約200社の顧客を獲得している。中には、OpenAIに約30億ドルで買収されたと報じられるAIコーディング支援のWindsurfや、16億ドルの評価額を持つDecagonなど、高成長スタートアップも含まれる。
3-2. NetSuiteを駆逐する存在に?
従来、こうした中堅企業はNetSuiteを使ってきたが、その操作性の悪さや柔軟性の欠如が指摘されてきた。Sequoiaのベック氏は次のように語る。
「Rilletの導入企業の3分の1は、NetSuiteや類似のシステムからの切り替えです。これが起きているという事実が、我々の投資判断を後押ししました。」
4. Sequoiaが見抜いた構造変化の兆し
4-1. “大型顧客の獲得”という壁を越える
スタートアップにとって、中小企業を顧客にするのは比較的容易だが、大企業や成長中の中堅企業を取り込むには「信頼性」と「移行の容易さ」が鍵となる。Rilletは、導入期間を4〜6週間に短縮し、既存システムと併用可能な環境を提供することで、その壁を突破しようとしている。
4-2. 次のSAPはRilletか?
Rilletは、従来のERP的なソフトとは異なり、AIと機械学習を本質的に活用する初の総勘定元帳システムを中堅企業向けに提供している。このセグメントにおける競合は少なく、DigitsなどのAI会計スタートアップも存在するが、ターゲット層が異なる(DigitsはQuickBooksやXeroを使う小規模企業向け)。
5. 今後の展望:AIで再定義される会計の未来
Sequoiaが支援するRilletの動向は、単なる1スタートアップの躍進に留まらず、会計という職能そのものの在り方に変革をもたらす可能性を秘めている。機械学習によって自動化された元帳は、人間の判断力と組み合わさることで、より戦略的な経営判断の基盤となるだろう。
Rilletは、「心臓部」とも言える会計インフラをAIで刷新するという難題に真正面から取り組んでいる。その挑戦は、企業の会計業務をより迅速に、より柔軟にし、最終的には財務のあり方そのものを再定義することにつながる。Sequoiaの眼が捉えた「NetSuiteからの乗り換え」の流れは、やがて新たなスタンダードを築く序章にすぎないかもしれない。