2025年6月、半導体大手AMD(Advanced Micro Devices)は、AIソフトウェア最適化を手がけるスタートアップ「Brium」を買収したと発表した。表向きは「オープンなAIソフトウェアエコシステムの構築」を掲げているが、その裏には、NVIDIAが圧倒的に支配するAIハードウェア市場への反攻という明確な意図が透けて見える。
本記事では、AMDがなぜBriumを買収したのか、その背景と狙いを詳しく解説するとともに、これがAI半導体業界に与えるインパクトを探る。
1. NVIDIAが築いた“AI支配体制”
1-1. なぜAIはNVIDIAに最適化されているのか?
近年、生成AIや大規模言語モデルの爆発的普及により、AI開発の大部分がGPU上で行われている。とりわけ、NVIDIAのCUDA(Compute Unified Device Architecture)というソフトウェア基盤は、開発者がAIモデルをGPUで効率的に動かすための業界標準となっており、圧倒的な「ロックイン(囲い込み)」効果を持っている。
「AIモデルはハードウェアよりも、ソフトウェアに依存している。そして、そのソフトウェアはNVIDIAのエコシステム内で動作するように設計されている」― AIエンジニアの一般的な見解
NVIDIAの強みは単にハードウェア性能にあるのではない。むしろ、長年にわたって築いてきたCUDAを中心とする開発ツール、ライブラリ、そして開発者コミュニティのエコシステムにこそ、その最大の競争優位がある。
2. AMDの挑戦:ソフトウェアから切り崩す戦略
2-1. Briumとは何者か?
Briumは「ステルスモード(非公開体制)」のAIスタートアップで、詳細な情報は少ないが、公式ブログによれば次のように述べられている。
「AMDのInstinct GPUは高性能だが、多くのAIワークロードはNVIDIA向けに最適化されており、実際にその性能を引き出すのは難しい」― Brium公式ブログ(2024年11月)
Briumの技術は、異なるハードウェア上でもAI推論(inference)を効率的に動かせるようにする「ソフトウェアの抽象化」を提供する点にある。つまり、NVIDIAに最適化されたAIソフトウェアを、AMDなど他社のGPUでもシームレスに動かせるようにする技術だ。
2-2. ソフトウェア互換性の壁を乗り越える
AMDはここ数年、Instinct GPUシリーズなどAI分野への本格参入を図ってきた。しかし、CUDAエコシステムが支配する現状では「性能はあっても使いにくいGPU」という認識が拭えない。
そのため、AMDはBriumのようなソフトウェア互換性・抽象化レイヤーの強化を通じて、「開発者がハードウェアに縛られずにAIを設計できる」世界の実現を目指している。
3. 連続する戦略的買収とAIエコシステム構築
AMDによるBriumの買収は、ここ2年間で4件目のAI関連スタートアップ買収である。
買収時期 | 企業名 | 専門領域 |
2023年8月 | Mipsology | FPGA向けAI推論最適化 |
2023年10月 | Nod.AI | オープンソースAIコンパイラ |
2024年7月 | Silo AI | ヨーロッパ最大級のAI企業 |
2025年6月 | Brium | ハードウェア抽象化によるAI推論 |
これらの買収は、単なるAI人材の獲得ではなく、AMD独自の「オープンAIソフトウェアエコシステム」構築を目的としたものである。
特にNod.AIとBriumの2社は、NVIDIA依存を打破するうえで極めて重要な技術ピースとなる。
4. 何が変わるのか? 今後の展望
4-1. 開発者にとっての利点
開発者視点では、Briumの技術によって次のようなメリットが生まれる可能性がある:
- NVIDIA環境で学習させたモデルを、AMD環境でそのまま推論実行できる
- ハードウェア依存を気にせず、柔軟に選定・最適化が可能
- オープンソースベースのツールで、ブラックボックス性を回避できる
4-2. 市場構造に与える影響
もしこの戦略が成功すれば、AIハードウェア市場の“脱NVIDIA一強”が進む可能性がある。
ただし、CUDAのような強固なエコシステムを打ち崩すには時間がかかる。AMDの動きはあくまで“第一歩”であり、今後もソフトウェアの充実、業界パートナーとの連携が不可欠だ。
今回のBrium買収は、AMDのAI分野における立ち位置を根本から変える可能性を秘めている。ハードウェアの性能競争だけでなく、ソフトウェアとエコシステムの争い――「NVIDIAの土俵をどう切り崩すか」が今後の最大の焦点だ。
NVIDIAが築いた“GPUの囲い込み”に対して、AMDがソフトウェアから挑む構図は、かつてのx86戦争やARM台頭を想起させる。AI市場がより多様で開かれた環境に向かうかどうか、その鍵を握る一手が、Briumなのかもしれない。